顎骨切除を実施した棘細胞性エナメル上皮腫の犬の1例
動物がん診療サポート 池田雄太
はじめに
犬の口腔内に発生する棘細胞性エナメル上皮腫は、転移することがないため分類上は良性に分類される。しかし発生した部位の骨への浸潤が高頻度に認められ、採食に障害をきたしたり、出血などが認めれるため、局所での挙動は悪性腫瘍と同様である。今回犬の下顎に発生した、棘細胞性エナメル上皮腫に対して、下顎骨部分切除を実施し良好に経過している症例を報告する。
症例
ヨークシャーテリア 9歳 メス
右の下顎に発生した腫瘤が急速に増大しており、治療相談のために受診
既往歴:特になし
体重3kg 体温38.1℃ 心拍数180回/分 呼吸数30回/分
一般状態 :良好
一般身体検査 :右の下顎犬歯の尾側から第4前臼歯のレベルに腫瘤があり、
腫瘤は2×2㎝、歯肉に発生しており、腹側の下顎骨も腫脹している。
下顎リンパ節の腫大は無し
レントゲン検査:特記すべき異常所見なし
血液検査:特記すべき異常所見なし
細胞診:異型性の乏しい 上皮系細胞が採取される。細胞間隙には棘状の構造物も
確認される。
鑑別診断 1、棘細胞性エナメル上皮腫 2、悪性黒色腫(乏色素性) 3、扁平上皮癌
治療
急速な増大を示しており、早急な外科的治療が必要と判断した。
第7病日、手術を実施した。下顎骨部分切除を計画し、マージンは腫瘤から最低1cmとした。
術後の経過は良好であり、翌日退院した。
術後に採食や飲水に問題はなく、外貌に大きな変化も認められなかった。
病理診断
棘細胞性エナメル上皮腫 完全摘出
腫瘍は下顎骨に浸潤しており、水平方向に広範囲に進行している
考察
犬の棘細胞性エナメル上皮腫は局所浸潤性が強いため、適切な治療を実施しなければ再発率が高くなる。治療においては、外科治療が最も効果が認められており、完全切除ができれば根治する腫瘍である。また放射線感受性も高く摘出困難な状況の場合には放射線治療も選択される。
今回の症例では腫瘍が見つかってからわずかの期間で急速に増大しており、早急な治療を実施しなければ、下顎骨全体を切除する必要も考えられた。そのため通常口腔内腫瘍ではまず病理組織生検を実施し、病理結果による確定診断が出たのちに治療計画を立てることが基本だが、病理検査結果が出るまでにさらなる増大をきたす恐れが強かったため、初診時から7日後の時点で手術を実施した。また今回の細胞診では腫瘍の種類よらず顎骨切除が必要な腫瘍であることは確定的だったため、手術を計画した。
顎骨切除においては、ほとんどの術式で術後の採食トラブルや外貌の変化は一時的なものであり、多くの動物は術前よりも疼痛や出血が改善し良好なQOLを維持できることが多い。また飼い主ご家族にとっても、満足されるケースがほとんどであることが報告されている。